太田肇 Critical Essays ”個の視点”

同志社大学政策学部教授 (個人尊重の組織論、モチベーション論)  日常生活のなかで疑問に感じたとき即座に書いたものがほとんどです。不完全な内容や思い違いがあるかもしれませんが、お許しください。

「清濁併せ呑む」は死語に

 「最近、太っ腹な公務員が少なくなった」。役所の現場に詳しい学者が、こう語った。
 いわれてみればたしかにそうだ。教員や警察官などを含め、まじめで人当たりがよくなった反面、個性や迫力が消えた印象は否めない。

 役所といえば古い日本的組織の代表のようにいわれるが、同じように「古い」日本的組織に大相撲の組織(日本相撲協会)がある。大相撲でも、今や外国人力士を除けば個性的で魅力的な力士は少ない。言葉は悪いが、まじめなお坊ちゃんが相撲を取っているといった印象だ。

 これは、日本社会のバランス変化を象徴しているように思える。
 私はこれまで「承認」について、何冊かの本を書いてきた。その中では、日本の社会・組織が人間の個性や突出した能力・業績などをたたえる「表の承認」より、序列や分をわきまえ、規律や和を乱さないことを重視する「裏の承認」に偏っているとたびたび指摘した。

 ただ、どんな組織や社会でも「裏の承認」だけでは衰退してしまう。そのため伝統的な日本の組織・社会では、うまく「表」と「裏」のバランスが保たれてきた。

 役所で大切なのは本音と建て前の使い分けであり、出世するのは「清濁併せ呑む」タイプだといわれた。ところが今のご時世、一滴でも濁ったものを呑んだら即アウトだ。大相撲でも、無類に強いが破天荒なタイプの力士は「品格」の名の下につぶされてしまう。
 オンブズマン、横綱審議会、再発防止委員会、等々は近年新たに登場し、設置されたものだ。その人たちの努力と意気込みは認めなければなるまい。しかし、それらの制度や組織がマスコミの力を借りてあまりにも大きな威力を発揮しすぎたとき、「表」と「裏」のバランスが崩れる。

 行きすぎた「裏の承認」の厳しさにブレーキをかけるのは、効率、生産性、競争、市場といった組織の外にある要因である。
 たとえば民間企業なら、生産性を上げ、競争に勝ち抜くため、品行方正なだけの者は淘汰され、自ずと「表」と「裏」のバランスが保たれる。ところが役所のように業務が独占的で効率性や生産性に絶対的な基準がない組織では、まじめで人当たりがよいだけの人間ばかりになってしまう恐れがある。
 相撲にしても、絶対的な強さの基準がないので力士の力が全体的に低下してもわからない。これが野球なら、ピッチャーの球速やバッターの打球の速さ、飛距離などに力の低下が表れる。だから、まじめなだけの野球選手によって球界が塗り替えられる可能性は低いのである。

 役所や角界だけではない。ほうっておくと、日本の組織や社会は「裏の承認」に偏る。とくに今はそういう時代だ。日本の風土や伝統、それを広い視野で、そして深く掘り下げて見ないと、よかれと思った改革が「産湯とともに赤子まで流してしまった」ということになりかねない。

(2010/1/29)
  1. 2010/01/29(金) 14:34:41|
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浪人生へのワクチン接種と地方分権

 今日の新聞によると、沖縄県で余った新型インフルエンザのワクチンを浪人生に接種しようとしたところ、国から「待った」がかかったそうだ。浪人生は接種対象とならない「健康な19〜64歳」に該当するので接種が認められないのだという。
 これも、地方分権の問題を考える格好の材料である。
 一見すると国の対応は杓子定規すぎるように思える。浪人生も同じ受験生なので現役生と同等に扱うべきではないか、という意見もある。
 たしかに、全国の浪人生に接種を認めるならそれもいいだろう。また現実にありえない話だが、沖縄県の浪人生が県外の大学を受験しないのなら問題ない。しかし実際の受験は県境を越えて行われる。そうである以上、沖縄県の浪人生だけ接種を認めるのはやはり不公平だ。
 忘れてならないのは、入試は教育ではないということだ。教育なら各地域が独自の取り組みをしてレベルの向上を競うというのもよかろう。しかし入試は言ってみれば一種の必要悪であり、それを過熱化することに意味はない。しかも典型的なゼロサムゲームである。仮に沖縄県の浪人生に予防接種をすれば、県外の浪人生からは「自分たちにもしてくれなければ不公平だ」との声があがるだろう。
 入試以外にも同じようなことはたくさんある。分権と平等。何度も言っているように、これは大きなテーマである。

 
(2010/1/15)
  1. 2010/01/15(金) 20:45:32|
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挨拶

 いささか品の欠ける話題を一つ。

 病院の待合室で順番待ちをしているとき、スーツ姿の来客がスタスタと前を横切って診察室に入る。製薬会社の営業に携わっているMRである。待たされる身からは、たとえ数分でも待ち時間が増えると思うとイライラする。そこで彼らが病院を訪ねたとき、待合室にいる人にひと言「おはようございます」とか、「失礼します」と挨拶したら、それだけでイライラも緩和されるはずだ。それは製薬会社や病院のイメージアップにもつながる。だから私は製薬会社に就職する学生にも、就職したら挨拶を心がけるよう助言している。
 些細なことかもしれないが、人間関係を良好に保つうえでやはり挨拶は大切だ。それは、挨拶が相手の存在を認めることだからである。病院を訪ねてくるMRは医師や事務員は認めても、患者には迷惑をかけているにもかかわらず、その存在をまったく認めていないわけである。
 けれども人は、自分の存在を認めてほしくない場合がある。
 今朝、私は仕事で大阪のビルに行った。手洗いは掃除中で、中に入ると掃除をしている女性が笑顔で「おはようございます」と挨拶する。狭い手洗いだけに何となくバツが悪い。そのうえ丁寧なことに、出るときには「失礼いたしました」の言葉をかけられた。こちらは恐縮し「お邪魔しました」と答えたが、無視したほうがよかったのだろうか、と考えてしまった。
 やはり人間には、認めてほしいときと無視してほしいときがある。

(2009/12/14)
  1. 2009/12/14(月) 16:40:46|
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不満の矛先

 病院関係者によると、新型インフルエンザの接種をめぐって、病院を訪れる人たちだけでなく病院関係者の間でもちょっとしたいさかいが起きているそうである。「なぜ私にはワクチンを打ってくれないのか」「とにかく黙って打ってくれ」「あなたは接種してもらったからいいけど・・・」というような声があちこちで聞かれるという。
 接種を受けられる人と受けられない人を分ければ、当然、その線引きをめぐって不満が出てくる。たまたま今回の新型インフルエンザは弱毒性らしいのでまだましだが、仮に強毒性で罹患者の致死率が高かったらどうなるか。政府が決めた一方的な線引きではだれも納得しないだろう。
 もう一つ、対立の火種がある。「子ども手当の実施」と「配偶者控除の廃止」だ。内容の是非はともかく、私が疑問に思ったのは、なぜわざわざ「配偶者控除の廃止を財源にして・・・」と両者を結びつけ、国民の利害対立をあおるようなことを政府が言い続けるのかである。両者を結びつけなければ無用な対立は起きないはずだ。それをあえて結びつける様子は、むしろそれをあおっているようにさえみえる。もしかすると不満の矛先を政府に向けさせないためではないかとか、国民が団結しないほうがつごうがよいのでは・・・などとついつい勘ぐりたくなる。
 京都はそろそろ底冷えがする季節。気持ちまで寒々としてくる。

(2009/11/21)
  1. 2009/11/21(土) 15:47:51|
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校則とマニフェスト

 どこの学校にも校則がある。その校則はだれが、どんな手続きで定めたのだろうか? 
 おそらく学校設立時に、ほかの学校の規則を参考にしながら短期間に決めたのではないか。しかし、いったん施行されたら、その手続きうんぬんの話は表に出ない。生徒には「校則を守ると約束して入学したのだから・・・」という理屈が突きつけられ、義務教育でなければ「いやなら辞めろ」という言葉まで飛びだすこともある。
 選挙時に掲げたマニフェストを「国民との約束」として押し通す新政権の姿勢にも、どこか共通したものがある。政府としては、実行しなければ「選挙用だったのか」とか、「やっぱり何党でも同じで現実の壁は厚い」という声が返ってくるのを恐れているのだろう。目の前にはつぎの選挙が控えているし。
 しかし、マニフェストに掲げられている各項目は、その一つひとつが国民と議論を重ねたうえで練り上げられたものばかりだろうか? かりにそれが不十分だったとしたら、選挙での信任を錦の御旗にして押し通そうとするのは無理がある。下手をすると、独裁政治と変わらなくなってしまう。
 そもそも選挙の争点が一つでない以上、たとえ選挙で多数の議席を取ったからといって、そこで掲げられたことのすべてを国民が支持したということにはならない。マニフェスト選挙が定着するに際し、真剣に考えなければならない問題である。

(2009/10/1)

 
  1. 2009/10/01(木) 09:04:10|
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世論はだれがつくるか

 世論は一部のものによってつくられるのだとつくづく思う。
 今日のNHKニュースでは、今回の衆院選挙に関する世論調査の結果が報じられていた。民主党が圧勝した原因はなにかと質問したところ、「自民党の政治への不満」が52%で最も多かったという。答えるほうも答えるほうだが、訊くほうも訊くほうだ。一般の有権者にそんなことがわかったら、専門家はいらない。
 NHKだけではない。他の報道機関も同じような意識調査をやり、その結果を大きく報じている。そして、その数字が独り歩きする。
 では、このように回答した人は、何によってそう判断したのか? 
 たいていの人は、マスコミがそう言っていたからだろう。要するに、マスコミが適当に敗因を考えて報道する。それを見た国民が正しい情報であるかのように受け取り、逆にマスコミから質問されたときにはその情報を返す。それを受けてマスコミは、意識調査によって権威づけられた数字を大々的に報じる。国民を利用したマスコミの一人芝居ではないか。
 そもそも、意識調査にはなじむテーマとなじまないテーマがあることを知っておかないからこんなおかしなことになる。

(2009/9/7)

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  1. 2009/09/07(月) 21:59:04|
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仕事第一主義の落とし穴

 海外へ企業調査に行くと、オフィスでは社員の集中度が高く、効率的に働いているのに感心する。労働生産性の国際比較でも、欧米諸国は日本より高い。ところが意識調査では、日本人には「仕事第一」が多いのに対し、欧米人は「家庭第一」が圧倒的多数派だ。欧米人が「仕事第一」でないことは、彼らの言動などからもはっきり読み取れる。にもかかわらず「仕事第一」の日本人より生産性が高いのだから、日本人としては立つ瀬がない。
 日本人の「仕事第一」が本心から出たものかどうか疑わしいが、とりあえず額面どおりに受け取ることにしよう。
 実際、仕事が好きで仕事を生き甲斐にしている人で、成果があがらない人は少なくない。彼らをみていて、もしかすると仕事が好きで「仕事第一」だから成果があがらないのではないか、と思う。
 白状すると、実は私もそうだ。私は本の原稿を書いているときがいちばん充実感を覚える。苦しみながらも、反面では楽しんでいる。逆に、書き終えて次に書く本がないとき、何ともいえない空疎感に襲われる。そのため、振り返ってみると執筆の途中でしばしば中断したり、原稿をいじくり回したりする癖があるようだ。あれも書きたい、これも入れたい、という思いを抑えきれず、結果として内容を落としてしまう。逆に、時間に追われていて一気に書いた原稿は、自分で言うのも何だがすっきりしたものになっているようである。
 大相撲の世界では、四つに組んで自分から攻めず、長い相撲を取る力士を「あいつは相撲が好きだ」というが、それと通じるところがある。
 仕事が好きな日本人は、サッサと片づけると仕事が無くなるので、ダラダラと非効率な働き方をしているのかもしれない。仕事の生産性を上げるため、日本人はこの際、「仕事第一主義」を捨ててみたらどうだろう。でも、その前に家庭をもっと楽しく、居心地のよい場所にしなければならないか。
 
(2009/8/31)
  1. 2009/08/31(月) 03:45:36|
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厳罰とポピュリズム

 飲酒運転をした地方公務員に対する懲戒免職の処分が「過酷すぎる」という理由で、取り消しを命じる判決が相次いでいる。
 飲酒運転の取り締まり強化と厳罰化には私も賛成である。しかし「公務員なら理由の如何を問わずただちに懲戒免職」というのは、やはり「厳しすぎる」と思う。
 第一に、懲戒免職だとクビになるだけでなく退職金も取り上げられるが、退職金は給料の後払い的な性質を持つ。したがって、よほど悪質な罪を犯さない限り、それを受け取る権利を奪うことはできないはずだ。その「悪質」さを判断する基準は、社会通念や公平性である。自営業や自由業なら、かりに飲酒運転で検挙されても当然ながら職を奪われることはないし、企業でも懲戒免職といった重い処分を科すところは少ない。だとしたら、公務員だけを懲戒免職にするのはバランスを失するといわざるをえない。
 第二に、当たり前のことだが、公務員だけを厳しく処分しても問題の解決にはならない。公務員への厳罰が、社会全体に波及するとも思えない。
 そして、私が反対する一番の理由は、厳罰化の背景にポピュリズムの臭いを強く感じるからである。「公務員は市民の模範になるべきであり、それが飲酒運転をするとは言語道断で厳罰は当然だ」という主張は、確かに一般受けする。しかし、「財政が厳しいときに公務員の給与カットは当然」というのと同じで、冷静に考えてみれば論理に無理がある。警察官や交通安全課の職員ならともかく、職員一般に「模範たるべき・・・」というのはどうか。受け取り方によっては、「公務員のほうが人格的に高潔である」という官尊民卑の思想だといえなくもない。
 いずれにしても、安易なポピュリズムに与することなく、本当の正義を守るのが裁判所の役目であり、その点で一連の判決を支持したい。
 いうまでもなく、飲酒運転の撲滅は国民全体で取り組むべき課題なのである。

(2009/7/19)
  1. 2009/07/19(日) 11:56:05|
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タダほど恐いものはない

 日曜日に庭木の剪定をし、切り枝を今朝のゴミ回収に出した。以前は枝が袋からはみ出していると持っていってくれなかったが、ゴミ回収が有料化された数年前からは多少はみ出していても持っていってくれる。わずか数十円の負担ですむのだからありがたい(そう思わせるためにサービスを良くしているのかもしれないが)。
 ところで、私はホテルや共済の宿で朝食をとりながらいつも感じることがある。宿によって朝食は別料金のところと、「朝食はサービス」をうたっているところがある。客の態度を見ていると、食事代を支払っているところではふんぞり返っていて店員に挨拶もしない人が多い。いっぽう、「朝食はサービス」というところだと客の多くは遠慮がちに食事をし、すんだら店員に「ごちそうさま」と礼を言う。逆に「食べさせてやっている」という態度がありありの店員を見かけることもある。明らかに店(店員)と客との上下関係が違う。実際は代金がホテル代に含まれているか別払いしているかの違いだけなのに、人間の心理はおもしろい。
 貨幣の発達によって人間が人格的な従属関係から自由になったのはジンメルがつとに指摘していることだが、たしかに「ただでもらっている」と思えばだれでも卑屈になってしまう。その心理を利用しようとする人がでてくるのもまた当然だろう。定額給付金にしても高速道路の1000円乗り放題にしても、元手は自分たちの納めた税金だから、ありがたく思う必要はないのだが。

(2009/6/16)

 
  1. 2009/06/16(火) 10:58:07|
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「職員より住民」はどこまで通用するのか?

 昨日行われた阿久根市長の出直し選挙で、市議会や市職員と対立する候補が再選された。ここのところ、市民や住民の利益を最優先し職員と対決姿勢を示す首長がつぎつぎに誕生している。 
 首長が自分の利益を考えた場合、選挙で当選することが第一だから選挙民の利益を最大限に尊重するのは当然である。その点では、前回このブログに書いたように首長が地方分権推進の旗を振るのも、まったく同じ合理的行動だといえよう。
 けれども私が疑問に思うのは、このように単純で直線的な行動がなぜ今まであまりとられなかったのかということである。それが通用するとわかっていたら、歴代の首長も当然、職員を敵に回してでも選挙民に迎合する姿勢をとったはずである。
 もう一つの疑問は、「行政は市民のもの」という原則は「会社は株主のもの」という原則とたいして違わないのに、なぜ前者はだれからも批判されず、後者は袋だたきにあうのか、である。「株主」が一部のお金持ちをイメージするのに対し、「市民」の方は清廉で一般受けするからなのだろうか。あるいは、会社だと社員を敵に回せば生産性が落ちたり優秀な人材が逃げていったりして結局は株主の支持も失うのに対し、役所では仕事の能率が落ちてもそれほど目立たないし、優秀な職員が逃げる心配もないからだろうか。
 いずれにしても、「自分の存立基盤である選挙民の利益を最優先する」という単純で、かつきわめて功利的な行動原理がどこまで通用するのか見ものである。

(2009/6/1) 


テーマ:選挙 - ジャンル:政治・経済

  1. 2009/06/01(月) 10:22:21|
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プロフィール

太田 肇

Author:太田 肇
<職業>
「組織学者」としておきます。

<主な研究分野>
組織論
とりわけ、「個人を生かす組織・社会、働き方」について

<肩書き>
同志社大学 政策学部 教授
経済学博士

<著書>
『認め上手  −人を動かす53の知恵−』(東洋経済新報社)
『認められる力』(朝日新書)
『日本的人事管理論』(中央経済社)
『承認欲求』(東洋経済新報社)
『お金より名誉 のモチベーション論』(東洋経済新報社)
『「外向きサラリーマン」のすすめ』(朝日新聞社)
『認められたい!』(日本経済新聞社)
『「個力」を活かせる組織』日本経済新聞社)
『選別主義を超えて』(中公新書)
『ベンチャー企業の「仕事」』(中公新書)
『個人尊重の組織論』(中公新書)
『ホンネで動かす組織論』(ちくま新書)
『囲い込み症候群』(ちくま新書)
『仕事人(しごとじん)の時代』(新潮社)
『仕事人と組織』(有斐閣)
『日本企業と個人』(白桃書房)
『プロフェッショナルと組織』(同文舘)

<生年>
昭和29年

<趣味>
野球・相撲(観戦)、思索、関心のあるテーマについての議論。

<生活信条>
できるだけ人に迷惑をかけないこと。恩を忘れないこと。

<ホームページ>
http://www.h7.dion.ne.jp/~ohta

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