太田肇 Critical Essays ”個の視点”

同志社大学政策学部教授 (個人尊重の組織論、モチベーション論)  日常生活のなかで疑問に感じたとき即座に書いたものがほとんどです。不完全な内容や思い違いがあるかもしれませんが、お許しください。

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国立大入試は抽選で!

 今日から大学入試センターの試験が行われている。折しも入試改革の議論がわきあがった最中での試験である。
 教育再生会議では、達成度テストの導入と人物重視を提言し、それに対して関係者からはさまざまな意見が寄せられている。

 しかし私はそこでの議論に対して隔靴掻痒の感を覚える。本質を正しく突いているとは思えないからだ。たとえていうと老朽化した家を補修、補修で間に合わせているように見える。いま必要なのは補修ではなく、改築だろう。それほど根本的なところに問題があると思う。
 以下、私見を述べてみたい。

 最初に確認しておきたいことが二つある。
 一つは、そもそも入試の目的は何かという点である。この点については、大学教育を受け、能力向上に結びつけられるだけの学力・資質があるかどうかを判定するのが目的だということに大きな異論はなかろう。
 もう一つは、有為な人材を選別するという機能的な側面と、大学教育を受ける権利が公平に与えられるという個人の権利的な側面の両方に配慮しなければならないという点である。

 後者について敷衍すると、企業や役所の採用試験なら、機能的な側面が圧倒的に重要になる。極論するなら、より優秀で貢献できそうな人間を採ることだけを考えて選べばよいわけである。一方、大学入試の場合そうはいかない。しかも機能的な視点からも、後述するように選別の合理性、妥当性が大きく崩れている。

 これら二点を前提にして再生会議の提言を見ると何が言えるか?
 まず、センター試験に代わる「達成度テスト」を導入するというのは、第一の前提に適っていて評価できる。問題は「人物重視」の方である。人物重視にしても、あるいは創造性などの能力重視にしても、それによって選別されるとなると、選別されるための猛勉強や受験対策が加熱することは目に見えている。そうなると、せっかくの資格試験的性格を持つ達成度テストが意味をなさなくなる。
 つまり、「大学教育を受けるための能力判定」ではなく、受験突破能力で競争させ、その上位者から選ぶことになってしまう。それが本来の目指す方向でないことは明らかだ。
 また、人物といった抽象的・主観的な要素で選別するのは言うに及ばず、創造性などの能力で選んでも公平性などの権利的側面がかなり脅かされる。

 つぎに、機能的な側面から選別の合理性・妥当性について考えてみよう。
 周知のとおり、ICT(情報通信技術)は加速度的に進んでおり、人間の能力、果たしてきた役割を急速に浸食しつつある。とりわけ記憶力や知識の詰め込み、正解の決まっている問題を解く作業などはコンピュータが最も得意とするところであり、受験勉強で身につけてきた能力や入試で問われる能力の大半は、ノートパソコン一台で取って代わることができる。あと五、六年もたてば、コンピュータが東京大学に「合格」できるともいわれているくらいだ。
 だとしたら、これらの能力は一定水準あればよく、それ以上のレベルで競争させても若者を疲弊させるだけで意味がないということになる。現実世界の要請から遊離した受験スペシャリストのチャンピオンを選ぶ現在のシステムの延長線上に、正しい方向性は見えてこない。

 情報化・ソフト化が進んだポスト工業化社会には、たしかに独創性や創造性が重要になる。しかし、そもそもだれも答えを出していないし、そこへいたるプロセスもパターン化できないからこそ独創的なのだし、コンピュータに代替されないのである。したがって予め「正解」を用意して独創性・創造性を判定しようとすること自体が自己矛盾である。

 そこで、「選別ができる」「選別すべきである」という固定観念を思いきって捨てた方がよい。
 一次はセンター試験に代わる資格試験的な試験を行い、二次は抽選にするのである。

 暴論だとか責任放棄だとか思われるかもしれないが、はたしてそうだろうか?
 かりに実現したら、どのような変化が生まれるかを予想してみよう。いくら幼時から受験勉強に力を入れても二次の抽選で落ちたらどうしようもないので、一次試験に通るだけの勉強はしなければならないが、それ以上の無意味なゼロサム的受験勉強から解放される。その結果、受験に有利か不利かといったことに縛られず、語学だとかスポーツだとか、科学だとか、一人ひとりの興味や特性を活かした勉強に取り組むことができる。そこではじめて「ゆとり教育」の崇高な理念も実を結ぶ。
 要するに長年、受験戦争、受験社会の弊害とされてきた問題が根本的に解決されるわけである。

 実際に運営するに当たっては、大学ごとに一次募集、二次募集というように定員を定めて抽選すれば、ぜひとも国立大学に行きたいという者は、一定の学力さえ備えていればかなり高い確率で入れるはずである。当然、人気のある大学ほど受験者が増えるが、抽選の倍率も高くなるので適度に分散される。そして運悪く抽選に漏れた者やこれまでどおりの受験で入りたい者は私立大学を受ければよい。

 このような制度を本気で導入しようとすれば、さまざまな利害関係者からの批判や抵抗が起きることは明らかだ。しかし、これくらい思いきった改革をしなければ、日本社会にも若者にも明るい未来はやってこないと私は確信している。
 
(2014/1/18)
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テーマ:大学受験 - ジャンル:学校・教育

  1. 2014/01/18(土) 13:34:43|
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プロフィール

太田 肇

Author:太田 肇
<ホームページ>
http://www.eonet.ne.jp/~ohtahajime/

<職業>
「組織学者」としておきます。

<主な研究分野>
組織論
とりわけ、「個人を生かす組織・社会」について

<肩書き>
同志社大学 政策学部・大学院総合政策科学研究科教授
経済学博士

<著書>
◆最新刊 『最強のモチベーション術 人は何を考え、どう動くのか?』(日本実業出版社)

『個人を幸福にしない日本の組織』(新潮新書)
『社員の潜在能力を引き出す経営』(中央経済社)
『がんばると迷惑な人』(新潮新書)
『子どもが伸びる ほめる子育て』(ちくま新書)
『組織を強くする人材活用戦略』(日経文庫)
『表彰制度』(日本表彰研究所との共著 東洋経済新報社)
『社員が「よく辞める」会社は成長する!』(PHPビジネス新書)
『公務員革命』(ちくま新書)
『承認とモチベーション -実証されたその効果-』(同文舘)
『「不良」社員が会社を伸ばす』(東洋経済新報社)
『「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)
『認め上手  -人を動かす53の知恵-』(東洋経済新報社)
『認められる力』(朝日新書)
『日本的人事管理論』(中央経済社)
『承認欲求』(東洋経済新報社)
『お金より名誉 のモチベーション論』(東洋経済新報社)
『「外向きサラリーマン」のすすめ』(朝日新聞社)
『認められたい!』(日本経済新聞社)
『「個力」を活かせる組織』日本経済新聞社)
『選別主義を超えて』(中公新書)
『ベンチャー企業の「仕事」』(中公新書)
『個人尊重の組織論』(中公新書)
『ホンネで動かす組織論』(ちくま新書)
『囲い込み症候群』(ちくま新書)
『仕事人(しごとじん)の時代』(新潮社)
『仕事人と組織』(有斐閣)
『日本企業と個人』(白桃書房)
『プロフェッショナルと組織』(同文舘)

<生活信条>
できるだけ人に迷惑をかけないこと。恩を忘れないこと。

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